毎年お盆になると、メタセコイア並木を抜けた先に佇む、会社所有の別荘へと足を運ぶ──それが、わが家の夏の儀式でした。
だが今年は違う。ブレインフォグ療養中の身体は、無理をすれば必ずその代償を払わされます。
私はあえてその恒例を断ち切った。これは“諦め”ではない、“選択”でした。
代わりに選んだのは、マキノサニービーチ。
夏の終わりを彩る舞台にふさわしいその場所は、私たち家族にとって新たな記憶を刻むはずでした。
しかし、到着すると目に飛び込んできたのは「満車」の無情な看板。
駐車場も、シャワーも、更衣室も──その全てを失った瞬間でした。
不満を顔いっぱいに浮かべ、車から降りようとしない次女。
その小さな背をなだめながら、私たちは近くの松林へと車を寄せます。
驚くべきことに、連日の猛暑にも関わらず、木陰には涼やかな風が通り抜けていました。
カラフルなシートに身を預け、波音と流れる雲をただ見つめる──その時間は、資産では買えない“価値”を持っています。
昼食をはさみ、私たちは夏休みの工作のため、シーグラスを探しに海辺へ。
なかなか見つからない代わりに、彼女たちの手には美しい石や貝殻が次々と集まっていきます。
時間の感覚が溶け、潮風と笑い声だけが残る──それはお金では手に入らない、かけがえのない“豊かさ”でした。
私たちが「資産」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、銀行口座の残高や株式、不動産といった経済資産です。
それは確かに人生を支える大黒柱です。しかし、もうひとつ見落とされがちな資産があります。
それが感情資産です。
感情資産とは、心を満たし、未来の自分や家族の絆を強める経験や記憶のこと。
家族で見上げた夏の雲、海辺で拾った小さな貝殻、日陰を抜ける涼しい風──それらは数字には換算できないが、確実に人生の満足度を押し上げます。
金融リテラシーの真髄は、この経済資産と感情資産のバランスにあります。
通帳の数字を増やすことも重要ですが、それだけでは「豊かさ」は完成しません。
この日、手にしたのはお金ではなく、思い出という形のない資産。
それは、家計簿には記載されませんが、確実に家族の未来に利息をもたらすでしょう。

