ワイン好きにとって、ここは──危険なほど甘美な場所です。
「浴びるように飲む」という言葉が、冗談ではなく“現実”になる。そんな夜が確かにあります。
舞台は大津駅。改札を抜け、ロータリーの向かいへ。
街の喧騒のすぐそばに、ひっそりと火種のように灯っている店がありました。
butcher bar 十八(ブッチャーバー トッパチ)。名は肉バル。ですが、今夜の主役は肉ではありません。──グラスです。
忘年会。
一年を締めくくる席というのは、単なる飲み会ではなく、「自分の一年を誰と終えるか」を決める儀式でもあります。
だから私は、最初から設計していました。
予約したのは、時間無制限の飲み放題。
17:30から、ラストオーダーの22:00まで。税込4,400円。
時間に追われない、というだけで会話の質は変わります。人は、制限が外れた瞬間に本音を取り戻すからです。
そして、もう一つの仕掛け。
今年出会ったスパークリングの中で、忘れられない一本。

クレマン・ド・ブルゴーニュ ブラン・ド・ブランを持ち込みました。
持ち込み料は 1本3,300円。
それでも私は迷いませんでした。乾杯の一口目は、その夜の格を決める。
たった数秒で、「ただの会」か「記憶に残る夜」かが分かれるからです。
泡が立ち上がる。
グラスが触れ合う音が、静かに合図になります。
「今年もお疲れさま」──その言葉の裏側にある、言い切れなかった疲れや、抱え込んだ葛藤までも、炭酸が洗い流していくようでした。
席に着くと、お通しのサラダ。
ところが、このサラダが侮れない。
おかわりは何度でも可能。
テーブルが寂しくならない。皿が空でも心が空にならない。
飲み放題の夜は、気づけば“グラスだけが走る”ことがあります。
この店は、それを許さない。静かに、しかし確実に、夜のバランスを整えてきます。
飲み放題のワインは 全16種類。
そして、ワインに寄り添うアテの数々。
誰かが選ぶ一皿が、誰かのグラスの答えになる。
「これ、この赤だな」
「いや、こっちの白でも勝てる」
そんな議論すら、いつの間にか“今年の総括”のように思えてくるのだから不思議です。
さらに今回、席は半個室。
壁がひとつあるだけで、人は正直になります。
笑い声の奥に、急に沈黙が混ざる。
そして──話は込み入った方向へ。
気づけば、人生相談の場になっていました。
仕事、家庭、身体、未来。
普段なら飲み込んでしまう言葉が、ワインの回転に合わせてほどけていく。
グラスが進むほど、言い訳が消え、核心だけが残っていきます。
忘年会とは、実は「一年分の感情の棚卸し」なのかもしれません。
そして当然のように、私のグルメ活動にはブーイングが飛んできます。
「また美味い店ばっかり行ってるな」と。ええ、行っていますとも。
その代わり──私は約束を背負うことになります。
「次はここに連れて行く」
「また企画しろ」
こうして私は、2026年も店を選ぶ楽しみがあると自分に言い聞かます。
未来の予定は、ときに“今日の罪悪感”を許す免罪符になります。
ただ、ここで終わらないのが大人です。
いくら飲み放題でも、無敵ではありません。
明日の出勤。体調。翌朝の自分。
そして何より、ワインの好みがはっきりしてきた今、私は思いました。
「飲める」ことが強さではない。
「止められる」ことが、余裕だ。
浴びるように飲める場所で、私は初めて、
自重できる大人になったという“静かな自信”に触れました。
この店は、ただ飲ませる店ではありません。
飲み放題の海で、溺れずに泳ぐ方法を──そっと教えてくれる場所でした。
